─あがり症・赤面症の涙の日々・克服までの体験記─

冒険と言っても、私にとって毎日が地獄で、冒険以上に苦闘に満ちた思春期でした。
とってもきつかったし、何でこうなったんだろうと毎日が涙に暮れた日々でした。
みなさんの同じ思いをした人ならよくわかると思います(/ ;)
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「どうした!恥ずかしいのか 赤リンゴ! 梅干し!」といわれる
それをいわれると私は愛想笑いをしてその場を取り繕うとした。そんな自分が情けなくて、自信も持てなくて、自己否定ばかり。
毎日家で泣いて暮らした。
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もともと小学生の時からあがり症で、人前での発表は得意じゃなかったけれど、友達は多かったし、楽しかったし、明朗活発だった。
それが中学に入って、中頃から、急にあがり症がとんでもなく進行してしまって、発表の場では凍り付いたようになった。
頭が真っ白になり、パニックに陥って、言おう言おうと思っても、言葉が出なくなった。
みんなからくすくす笑いとあざけりの会話がされて、ますますパニックになった。
そのときは担当の教師が、体調が悪そうだから、保健室に行きなさいと言って、私はその場から立ち去った。
本当に体調が悪かったらどんなに良かったか!!
嫌な予感を感じていた。
それは当たってしまった。
それとは・・・私はあがり症と極度の緊張のあまりそうなったということ
前々から、そうなったらどうしようって予期不安があって、授業で当てられるたび、人前で発表がある都度、ビクビクしていた。
それは取り越し苦労に終わっていたけれど、どんどん私は追いつめられていってしまった。
いつかその日が来るって思っていたけれど、ついに来てしまったのだ!(>_<)`'
保健室でどうしよう、これからどうしようと怯えていた
私の地獄の日々が始まったのでした……(T.T)

苦手な国語の時間がとっても怖かった。当てないで当てないで!
極度のあがり症が発覚しないようにしていたけれど(みんなもち知っていたんだけど)、いかに体調が悪くて駄目なのかポーズをとろうとした。
そんな中、私はクラス中が注目する一大イベント(つまり私の発表!)で、誰かから「顔が赤いぞ!」と言われた。
(もしかしたら、言われていないのかもしれない。私は極度のあがり症でパニックになっていたから。わけがわからん)
そのとき、私の全神経が全力で顔に言った。赤い? 紅い? アカイ・・・どうしよう、私がこんなにあがっているのが顔にも出ているなんて!)
私は自分の顔にばっかり、日常生活でも意識が向くようになって、あまりの重苦しさにため息をついてました。
男子と話す機会があって、そのときに、第三者から「顔が紅くなってる、恥ずかしいんだろ、お前○○がすきなんだろ」と言われた。
そんなことこれっぽっちもないのに! なのに私は顔が紅くなっているんだ、そう思うと、さらにすべての血液が顔に集中しているように感じた。
絶対顔が紅くなっている! 確かめるのが怖かった。鏡もみれなくなってしまった。
おそるおそる鏡をのぞいて、顔が赤くないとわかるとホッとしたけれどあがり症が発症する場面になったら、赤くなっている、どうしようと不安が襲ってきた。
男性恐怖症にもなった。
とくに押しが強そうな男性は苦手だった。
男性恐怖症とはいっても、赤面症に比べたらまだマシだった。
避ければいいだけの話だから。
でも赤面ばっかりはもうどうしようもない。
いたたまれないし、落ち着かないし、もう最悪!!
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これがあるから、いつも楽しくないし、友達はいたけれど、心からうち解けられなかった。
いつ私の顔の赤さやきょどっている態度を指摘されるのか身構えていた。
で、来てしまった。
友達にカトーと一緒に歩調を合わせるように、私をからかったのだ。
その名はエーコで、仲が良かっただけにすごくショックだった。
その日、泣き暮らしたのは言うまでもない。
人間不信になった。もう友達は要らないと思ったけれど、いないのは寂しい。ジレンマに陥ってしまった。
人って信じられない。
人によってすぐ心を変える。
やっぱり私は顔が赤くなるんだ、なんで赤くなるのよ!
そんとき、赤面症、赤面恐怖症という言葉を知らなかった。
いかに化粧で顔が赤くなったときに、カバーできるかどうかいろいろと試してみた。
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発表が怖かった。それに授業中の恐怖がまた一つ加わってしまった。
黒板が見られなくなる。視野に入るものが気になる。赤面症から視線恐怖症になった。
先生の視線が私ばかりを気にしているように思えた(そんなことはないだろうけど。まさか私が顔を赤くしているから? 泣きたくなった。
ますます表情に意識が向くようになった。
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ある時、赤面症かもと言うきっかけがあった。
向田邦子さんの小説を読んでいるとき、昭和の初期が舞台だったか、赤面症を直す広告を描写しているところがあって、私だけじゃなくて、しかも昔からあったんだとわかり嬉しくなった。
私は読書家なのです。
すっごく、ホッとした。はじめて私が赤面症なのかもしれないと思った。
わけがわからないで、ただ苦しんでいただけだったけれど、安心できた。
原因不明の病気じゃなくて、私だけじゃないんだということがわかった。
よかった、これとおなじ悩みの人がたくさんいたんだ!
苦しみを分かち合いたい! (^_^;)
赤面症を指摘されて以来、はじめてほっと一息つけた瞬間でした。
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本をたくさん読んでどうにか赤くならないようにと思ったけれど、やっぱり赤くなる。
いつもうつむいていて、特に私をまだ何にも知らない人に赤面症を知られたくなかった。
これ以上私の恥を知られたくない。変に思われたくない!
私の赤面症が知られたらおしまいだと思った。
でも実際私の顔が赤くなった。
リンゴ病とか言われたけれど、赤面症なんじゃない?と言われたことはない。
でも「お前赤面症だろ!」と指摘されることにビクビク
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担任にまでつるし上げされた。
発表の時、どうした顔が赤いぞ? 具合が悪いのか?熱は? といわれた。
そのとき、クラス中と知らし合わせて、そういって私を笑いものにしたんじゃ?と怖くなった。
もしかしたら他の生徒から吹き込まれて、かついだんじゃないか? 疑念が起こる。
ますます疑心暗鬼の被害妄想になった。
より顔への意識が集中してしまった。
もう嫌だ、死にたい!いつよくなるんだろう?
一生このまま怯えて苦しみを味わって生きなければだめなの?
死んだら家族が哀しむ。死ねない、でももう消えてしまいたい。
誰も私を知らない世界に行きたい。
学校に通うのが嫌だ。不登校になろうかしら
でも、親が哀しむ、できない、どうしよう……
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クラスでは様々な話し声が聞こえる。
私は自分のことを話題にして笑っていたら生きていけないと思った。
特に「赤い」という言葉に敏感になった。
その声がクラスのどこかから休み時間やうるさい授業の時に聞こえてくると(ほんとうかわからない)、私は笑いものにされてる、悪口を言っていると感じた。
赤いという言葉は普通に使うけれど、私への当てつけかと思ってしまう。
友達もわざと言っているのかと思うと泣きたくなった。
私の思い過ごしかもしれないけれど、毎日が地獄だった。
被害妄想がこれではひどくなりますよね
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CMで顔が恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になるものがある。
それを見て、クラスのみんな私のことを変な風に思い出しているんじゃ!!? と不安になる。
その商品名のあだ名を付けられたら?と不安になる。
まったく情けない!(>_<)
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好きでも何でもない男子のまえで、もし赤くなってしまったら、意識してるぞ! と言われるのが嫌だった。
男性恐怖症が進行していた私は、よけいになってしまった。
恋人もずっとできずに生きる羽目になると思うと、かなしくてしょうがなかった。
何のために生まれてきたのか、死にたい!
でも母親のことを思うと哀しませることになる。できなかった。
早く治ってくれればいいのに・・・・グスン(>・<)``

視線恐怖症・脇見恐怖症というものにもなる。
正視恐怖症というものにも。
緊張するとすごく汗が出るし、とくに手のひらがすごかった!
それを知られたらやばいと思って、ばれないようにいろいろと苦心した。
いつも隠そう、隠そうと思っていたし、変に思われたらおしまいとおもった馬鹿な私でした。
苦しくて苦しくて、インターネットでいろんな言葉で検索して暮らした。
必死でいろいろとネットを見て回った。
なんと! 私とすっごーくよく似ているサイトに出会った! (^_^)v
特に視線恐怖症の部分と、悩んだときの心情が私の代弁をしてくれているようだった。
いいサイトに出会った! さっそくお気に入りに登録!
ちなみに、ほかのサイトはあんまり良くなかった。
なぜって、悩み自慢しているサイトばっかり。
すくなくとも私にはそう思えた。
こんなに薬を飲んでいるんだよ! すごいでしょ!
リストカットを何度も繰り返してる、 すごいでしょ!
そんなばっかり。もしかしたら、受け取る側の問題かもしれないけどね
私がこれ!と思ったサイトは、ナナの視線恐怖症とうつ病の部屋というタイトルでした

私が一番惹かれたのは、同じ苦しい思いをしていながら、ちゃんと立ち直って克服したこと
すごい、尊敬!と思ったし、私にもできるかもなんて希望が芽生えました。
どう考えても、一人では治ることはできないし、ますます悪化し続けていたから、専門家に相談した方がいいのかなと思った。
精神科に行こうかなと思っていたけど、なかなか踏み切れずにいた。
でも、私は年がいっていないから、親が一緒じゃなきゃいけないのかな、そのことが躊躇させた。
いまは薬の治療法では治ることはないし、やらなくて良かったと思ってます
どうも薬を飲むと、治るものも治らないらしい。
治った人なんか来たことがないし、いたとしても、薬を飲みながらなら、ただ症状を紛らわせているにすぎない。
私もナナさんのように根本から悩みを起きなくしたいと思った。
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もう一つすごく参考になって励まされたサイトがありました。
神経症克服者の集まるページというサイト。
ここに私の赤面症や視線恐怖症、あがり症の心のメカニズム、心理が鋭く、まさにそのまま言い当てていた。
まさに経験していなきゃわからないもので、ハッとしながら、読みました。
ここもナナさんと同じように後に通って良くなった先生をほめてて、推薦してました。
その先生って誰?
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なんでもナナさんの推薦しているセラピストは、能力的なものや人間的魅力が高いそうだ。
まさにそのとおり! 私は最初に先生と出会って、なんと幸せ者だったんだろう。
岩波先生からも、最初に俺のところに来たのは幸せだよといってました(^^;)
裏表のない、こんな隠し事のない先生で、とっても楽しくて、私の暴走してきた神経もどんどん静まっていって、うれしかった
でもね、すんなり岩波先生のところに通えたわけじゃないんです……デス!
私は悲しいことにしがない高校生で、バイトもやっていなかった。
バイトは学校で禁止されてなかったけど、私の方が耐えられなかった。
だって学校と同じ苦しみを、バイト先でも味わうかもしれないから。
苦しみはひとつだけでいい!
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岩波先生のところは、とっても高い(結局安かったけど)。
私では絶対無理!でした。
だから、親に打ち明けなければいけない。
どうしよう、この悩みを親にも言いたくない、迷惑とか心配かけたくない。
それに通わせてくれるかどうかも心配だった。
神経症克服プログラムと話し方弱点・あがり症克服プログラムどっちで受けようか迷った。
でも、どっちも柔軟にやってくれるらしいから、とにかく岩波先生のプログラムを何でもいいから受ければいいとのこと。
とにかく、親の説得だった。
無理なら、自分で働いてお金を貯めよう。
でも、すぐ通いたい。プログラムを受けたい

私はそれでも一大決心をした。
ええい、自分の人生だ、一度しかないし、もうもがき苦しむのは嫌だ! 恥は一瞬、もし言わなかったら、一生苦しむ!
時間を先延ばしにするよりも、すぐ言った方がいい。
先延ばしにしていたら、いう決心も弱るかもしれない、ええい、今だ!いっちまえ!
ってことで、私は台所仕事をしている母親の後ろ姿に話しかけた。
正面を向いたときには言いたくなかったから。

でも猛反対された。(>_<)``
はじめて親に赤面症、対人恐怖症のことをうちあけたけれど、そんなくだらないことで悩んでいることが信じられないようだった。
信じられない! ショックだった。
時間がたてば治る。気のせいよ。思春期特有。
私も顔が赤くなったものよと軽く言われる。
ここで食い下がってなるものか、でもどうしよう!
私は泣き出してしまったし、親も困った顔をした。
結局、お金を出すのは父親なんだし、お父さんが帰ってきた話し合いましょうと言われた。

私は対策をそれまで取り始めて。
パソコンでいろんな人の体験記、苦しみを集めて、プリントアウトした。
それを読んでもらえれば、いかに多くの人がこれで苦しんでいるのか知らせよう。
今思うと、そんな小細工するより、もっと感情的に頼んだ方が結果的に良かった。
このままいくと、私は死ぬしかないとも言ったかな?
けっこう脅迫まがい(^_^;)
泣いて頼んで、親も折れた。
私にとって勝負所だったと思う
やったぁ! 勝った!

私はラッキーだった。
はじめていった心理療法が精神科でも催眠療法でもなくて、岩波先生に会うことができたのだから。
インターネット万歳!!です。
あ、宗教とかじゃないですよ。立派なしっかりした心理セラピーです。
学校は不登校になりそうになりながらも何とか通った。
先生から偉いと褒められた。
あとで母親に岩波先生のことを盛んに褒めたら、会いたいと言うことになった。
母親と一緒に岩波先生と会う。

そのとき同じ症状の子で、10代の女の子もいて、いろいろと話した。
岩波先生はなぜ神経症になるか、親に丁寧に話して聞かせた。
そんなことをいう時間も普段はないというのに、親切に説明していて、ありがたかった。
親もやっと理解したようで、またその10代の女の子の、その苦しさ、大変さを親に話してくれたのも良かった。
とてもたくさんいて、みんな治らなくて苦しんでいる現状も言ってくれた。
その女の子は私より2歳年上で、やっと岩波先生のところで治ったという。
それまでたくさんやったけれど、とっても運が良かったよ、いきなり岩波先生に会えたんだからとうらやましがられた。
そんなものなのかな? みんな治ることなくたくさんいろんな治療を経験しているのか・・・・
ほんとよかったのかもしれない。

のちにCMで社会不安障害がとても多いということを改めて知る。
岩波先生に会っていなかったら、私は今頃薬を飲んでいたかもと言うと、親は青ざめた。
母親のいとこが抗うつ剤で大変なことになっているのを知っているから。
親はうつ病は薬を飲めば治ると思っていたらしい。
悩んだことがない人は、そんな風に思うんだろうな。
私は悩んで、親でも私の気持ちのほんとのところをわかってくれないんだということを知った。
悲しいけれど、それは自分をしっかり持って行かなくちゃいけないことだと思う。
最後のところでは親は助けてくれないし、逆に抑圧をかけてくる。
だから、悩んでいて何一ついいことはないし、悩んだらもうお先真っ暗。

みなさん、こんな悩みはいつまでも引きずる必要はないです!
でも、何で引きずるかというと『赤面症トマトマトコラム ─あがり症克服法 こうやれば治る!─』を読んでみてください。
先生から、悩みに対してどう向き合うべきか教えてもらいました。
それはまったく考えなかった方法でした。
でも、それしか神経症克服はあり得ないものでもありました。
あがり症で苦しむ人、赤面症になってしまう人は、みんな同じ思考をするそうです。
またそれを打ち消そうとすることも、同じ思考を使って、みな悪化してしまうそうです。
だから、みんなが誰もがしてしまう思考回路を知り、それを回避し、まったく違う思考であがり症に立ち向かいましょう!
私はそれができたからこそ、こうやって無事平穏に体験記をのうのうと書いていられるのです!
私がまだはまっていたら、書く余裕なんて無かったです。
その意味じゃ、お悩みサイトを持っている人は、偉いと思います。
はき出すことで、精神のバランスをとっているのかしら?
私はあがり症で苦しむことは無くなりましたよ!(^o^)/~
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